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大津地方裁判所 昭和40年(ワ)132号 判決 1973年3月30日

原告 河合嘉吉

原告 河合石灰工業株式会社

右代表者代表取締役 河合達雄

右原告ら訴訟代理人弁護士 梅田林平

同 林千衛

被告 伊吹山観光自動車道株式会社訴訟承継人 名古屋近鉄バス株式会社

右代表者代表取締役 越賀隆景

被告 大日本土木株式会社

右代表者代表取締役 安田梅吉

右被告ら訴訟代理人弁護士 竹田準二郎

右訴訟復代理人弁護士 瀧本文也

主文

原告らの被告両名に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

以下、原告河合嘉吉を原告(一)、同河合石灰工業株式会社を原告(二)、吸収合併前の伊吹山観光自動車道株式会社を被告(一)、右訴訟承継人被告名古屋近鉄バス株式会社を被告(一)、被告大日本土木株式会社を被告(二)と略称する。

第一、当事者の求めた裁判

(原告ら)

一、被告(一)は、原告(一)に対し金五四、二二三、〇〇〇円、原告(二)に対し金八三、六七〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四〇年九月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、被告(二)は、原告(一)に対し金一五、五五二、〇〇〇円、原告(二)に対し金二九、八一五、六〇〇円および右各金員に対する前同期間、同割合による金員を、それぞれ支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行の宣言。

(被告ら)

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、原告らの被告(一)に対する請求について

(請求の原因)

(一)、鉱業権取得の経緯

1、原告(一)は、昭和三一年一一月一六日岐阜県揖斐郡春日村と滋賀県坂田郡伊吹村に跨る面積三二、七四〇アールにつき、岐阜県試掘権登録第八、一六〇号により石灰石、ドロマイトを目的とする試掘権の設定登録を経由して該試掘権を取得し、その後二回にわたりその存続期間の延長許可を得た後、存続期間の満了日である昭和三七年一一月一六日より前の同年一〇月二五日右試掘鉱区につき採掘権設定の出願をなし、昭和三八年九月六日岐阜県採掘権登録第一〇七〇号により石灰石、ドロマイトを目的とする採掘権の設定登録を経由して該採掘権を取得した。

2、原告(二)は、昭和三二年一二月六日前記春日村と伊吹村に跨る面積二八、九五〇アールにつき岐阜県試掘権登録第八、二九三号により石灰石、ドロマイトを目的とする試掘権の設定登録を経由して該試掘権を取得し、その後二回にわたりその存続期間の延長許可を得た後、存続期間の満了日である昭和三八年一二月六日より前の同年八月一二日右試掘鉱区につき採掘権設定の出願をなし、同年一二月五日岐阜県採掘権登録第一、〇七六号により石灰石、ドロマイトを目的とする採掘権の設定登録を経由して該採掘権を取得した。

(二)、鉱業権侵害行為

1、被告(一)は、岐阜県不破郡関ヶ原町大字関ヶ原字寺谷を起点とし、滋賀県坂田郡伊吹村大字大久保宇野田山(標高一、二六〇メートル)を終点とする延長一七キロメートル、総幅員六・五メートル、車道幅員五・五メートル、二車線のいわゆる伊吹山観光自動車道開設計画を樹立し、被告(二)に右開設工事を請負わせ、昭和三七年中に起工させ、昭和四〇年七月末頃これを竣工させるに至った。

右各鉱業権設定区域と自動車道の位置はほぼ別紙略図に示すとおりである。

2、右伊吹山観光自動車道(以下本件自動車道という。)は、当初の計画では全路線が滋賀県側を通る設計であったところ、中途変更して一部分が岐阜県側を通ることになった。かくて工事が進捗するに及んで本件自動車道が原告らの鉱区内の豊鉱地帯を横断して開設せられることが判明し、これがため必然的に原告らの鉱業権が侵害される情勢が濃厚となったので、原告らは昭和三八年八月一〇日以後数回にわたり被告(一)に対し右侵害の回避対策について協議するよう通告したが、誠意ある協議をつくさないまま右警告を無視した被告(一)は、原告らの鉱業権の存在を知りながら被告(二)をして本件自動車道開設工事を強行させ、もって原告(一)の鉱区内に幅約一〇メートル、延長約六〇〇メートル、原告(二)の鉱区内に幅約一〇メートル、延長九九〇メートルに及ぶ工事を行わせて本件自動車道を建設した。

3、ところで、原告らの鉱区は、その殆んどが伊吹山の岐阜県側に存するのであるが、被告(一)が岐阜県側に本件自動車道を通すことにより、右道路が鉱区の上位部に位置し、しかも山の形状が極端な急傾斜地であるため、右道路の存在を尊重する限りにおいては道路の上位部、下位部ともに原告らの全鉱区内に賦存する鉱物を掘採することは事実上不可能となり、鉱物は死蔵化し、原告らの鉱業権は有名無実の存在となった。

4、かかる事態の発生は、被告(一)が当然予見しえた事柄であるにもかかわらず、原告らの鉱業権の存在を無視して強引に前記工事を遂行した結果によるものであるから、被告(一)は故意に原告らの鉱業権を侵害し、損害を与えたものとして不法行為上の損害賠償責任を負うべきである。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告らの被告(一)に対する請求について

(一)、請求原因(一)記載の原告らの鉱業権取得の経緯に関する事実は右当事者間において争いがなく、右取得の経緯からすれば原告らが取得した試掘権と採掘権は実質的には同一権利の継続とみることができるから、一団の権利(鉱業権)として法律上の保護を受けることができるというべきである。

(二)、ところで、原告らは被告(一)がその後に本件自動車道を建設したため鉱業権が侵害された旨主張するので、この点につき判断する。

1、まず、被告(一)が被告(二)に請負わせて本件自動車道(延長一七キロメートル、二車線、総幅員六・五メートル、車道幅員五・五メートル)を建設したこと、および右自動車道が原告らの前記各鉱区内を通過し、右通過部分は原告(一)の鉱区内においては延長約六〇〇メートル、原告(二)の鉱区内においては延長約九九〇メートルに及ぶものであること(その関係位置は別紙略図のとおり。)は当事者間に争いがない。

2、次に、本件自動車道建設の経緯についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、

(1)、本件自動車道は、当初昭和三一年頃被告(一)の前身である新中京バス株式会社が地元の要望により計画したものであるが、その後昭和三四年に岐阜県において県会議長、県知事等の地元有力者が中心となって伊吹山登山道路の開発並びに観光事業の促進と産業の発展をはかることを目的とする伊吹山開発協議会なるものが発足し、この会の趣旨に沿って昭和三五年一二月二三日有料道路の経営を主たる目的とする被告(一)が設立され、同被告において本件自動車道を建設することになったこと、

(2)、被告(一)は、その設立登記より前の昭和三五年八月二〇日道路運送法四七条に基づき運輸大臣及び建設大臣に対し自動車道事業経営の免許を申請し、昭和三五年一一月二四日付で該免許を受け、ついで昭和三六年一月一七日及び同年五月三〇日同法五〇条に基づき工事施行の認可を申請し、昭和三六年七月二〇日付で該認可を得たが、その後運輸大臣の指示に従い昭和三六年一二月一八日当初の一車線の予定を二車線に変更することの認可を申請し、昭和三七年八月二〇日該認可を受けたこと、

(3)、被告(一)は、本件自動車道の建設の設計、測量、用地の買収、工事の施行は全て被告(二)に委託したのであるが、

(イ)、本件自動車の路線の決定、測量は既に昭和三二年頃から被告(二)において実施し、昭和三四年頃設計は出来上っていたこと、

(ロ)、道路敷地部分及びその付近の土地等必要な用地の買収も既に昭和三四年一〇月頃から関ヶ原町長高井昌一、春日村長清王弥作らの仲介をえて被告(二)において実施し、道路敷地部分の買収は昭和三六年七月頃に終り、原告らの鉱区内における用地についても、別紙用地買収一覧表記載の経過を経て昭和三八年八月頃には完了し、その買収区域もほぼ道路敷の上下三〇メートル位の範囲に及び、その他にも周辺区域の一部を買収したこと、

(ハ)、建設工事は、前記工事施行認可の日である昭和三六年七月三〇日より前の同年四月に建設省の承認を得て着手せられ、昭和四〇年六月頃には完成したもので、途中で設計(路線)の変更はなく、原告らの鉱区内に工事が進められたのは昭和三七年五月頃から同三八年六月頃にかけてであったこと、

以上の各事実が認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3、以上認定の事実関係からすれば本件自動車道が原告らの鉱区内に建設されたことにより、原告らは鉱業権の行使上相当の制限を蒙むるに至ったものと認められる。即ち、まず、原告らの鉱業権が地表鉱物たる石灰石、ドロマイトを目的とするものである関係上、道路敷部分に存する石灰石、ドロマイトは事実上掘採出来なくなったものといえよう。ついで、本件自動車道は、前認定の様な建設の目的、計画の発生のいきさつにおいて元来公共的性格を有し、また、道路運送法に依拠して建設された一般自動車道で、同法上の道路としてその設置、運営、管理等について主務官庁の監督に服し、一定の場合を除いて一般公衆への供用を拒絶することが出来ないのであって、これらのことからして鉱業法六四条の公共の用に供される道路に該当するものというべきであり、同条によれば、他の法令の規定によって許可又は認可を受けるか、被告(一)の承諾を得ない限り本件自動車道の地表、地下とも五〇メートル以内の場所においては原告らの鉱業権は、その掘採を制限されることになるのであるが、本件においては右法令上の根拠はなく、弁論の全趣旨から被告(一)は将来右承諾を拒否するものと認められ、しかも右自動車道の近傍において鉱業を実施すれば交通の往来に危険を及ぼす虞があると認められるから、同条但書所定の承諾拒否についての正当事由も認められ、結局原告らは右範囲においても法律上の理由により掘採を制限されざるをえないこととなる。さらに、≪証拠省略≫によれば、本件自動車道の設置に伴い鉱業法六四条所定の掘採の制限を受けるため、右制限範囲外にある黒竜社付近(別紙略図参照)の頂部においても、本件自動車道より高位にあり、道路により掘採制限をうけた場合の残存狭小部分に当る関係と石灰石等の掘採方法が特異なところから、採鉱、鉱石の運搬等につき保安上支障をきたす可能性が充分考えられるため、事実上掘採が出来なくなることが認められる。

4、そうして、≪証拠省略≫によると、本件一〇七〇鉱区、一〇七六鉱区並びに本件自動車道との位置関係、右両鉱区における右道路附近の地質の関係はほぼ別紙略図に示すとおりであり、一〇七六鉱区においては全体を通じて西側部分に、一〇七〇鉱区においてもその南西部の道路が通過する附近において石灰石、ドロマイトの鉱物の分布が多く存することが認められ、≪証拠省略≫によると、前記事由によって本件自動車道設置のため掘採の制限を受ける鉱量は、一〇七六鉱区については石灰石が一一、四八二、一四五トン、苦灰質石灰石が一、四七一、六六三トンとなり、一〇七〇鉱区については石灰石が一二、九六八、四〇〇トン、苦灰質石灰石が八、六一九、一八四トンに及ぶこと(滝本清作成の鑑定書第二表参照)が認められる。

5、そうすると本件自動車道の設置によって、原告らの鉱業権は前示限度において制約されるに至ったことは明らかである。

(三)、ところで、被告(一)は右自動車道設置は、土地所有権の正当な行使としてなされたものであるから、不法行為を構成しない旨主張し、被告(一)が買収により土地所有権を取得した上で本件自動車道を建設したことは前認定の通りであるから、土地所有権と鉱業権の関係が次に検討されなければならない。

1、鉱業権は、許可鉱物を排他的に掘採取得しうることを内容とする権利であって当然には土地を使用すべき権能を有するものではないから、鉱業権が成立しても法令の制限内において自由に土地を使用、収益、処分すべきことを内容とする土地所有権はなんら制限を受けるものではなく、したがって土地所有権者は鉱業権が成立している地域であっても正当な権利行使である限り(受忍限度をこえる損害を与えない限り)自由にこれを行使しうるものと解すべきである。換言すれば、土地所有権の行使によって鉱業権に行使上の制限が生じたとしても、それが受忍限度内に止まるならば土地所有権の正当な行使に基づくものとして違法性が阻却され、鉱業権者は妨害排除請求は勿論、不法行為に基づく損害賠償請求もなしえないものと解すべきである。

ところで、不法行為の成立要件たる違法性の有無は被侵害利益の種類、性質と侵害行為の態様とを相関的に判断して決すべきものであるが、この理は右の違法性阻却の判断も消極的な形ではあるが同様に解すべきものであるから、本件において被告(一)の本件自動車道設置が原告らに対する関係で違法性を阻却するかどうかについては、被侵害利益たる鉱業権の侵害された程度と所有権行使としてなされた侵害行為たる自動車道設置行為の態様を相関的に判断して決すべく、以下この点につき考察をすすめることにする。

2、まず、侵害行為たる本件自動車道建設行為の態様についてであるが、

(1)、本件自動車道は、前認定の様に運輸大臣等の主務官庁の免許、認可を経た上で建設されたもので他に建設経緯に法令上の瑕疵がないものであること、

(2)、自動車道事業自体は私企業であるけれども、本件自動車道は前説示の様に当初から伊吹山及びその附近の開発、観光に寄与することを目的とし、公共の用に供されるものとして計画、建設されたものであり、≪証拠省略≫によると、現に右目的に寄与し、公共の用に供されていることが認められること、

(3)、本件自動車道は、前認定の様に被告(一)が買収により取得した土地上に建設されたもので、元来道路を作るということは土地所有権の通常の利用方法の一種であるのみならず、≪証拠省略≫を合わせ考えると、伊吹山程度の景観を有する山にあっては、観光のために本件自動車道程度の規模、構造の登山道を建設することは、土地所有権の通常利用の範囲内にあるものと認められ、格別本件自動車道建設が右範囲を逸脱したものであることを推認させる事実を認めるに足りる証拠はないこと(なお、原告らは本件土地所有権の通常利用の範囲は植林か砂防工事程度のものにとどまる旨主張するが首肯しえない。)

(4)、もっとも、≪証拠省略≫によれば、被告(一)は本件自動車道建設のための土地買収及び工事着手の頃には原告らが右自動車道用地につき試掘権なる鉱業権を有したことは未必的に知りつつ右建設計画を実施に移して行ったことが認められる(≪証拠判断省略≫)けれども、他方≪証拠省略≫によれば、被告(一)としては本件自動車道附近に関する右試掘権につき原告らの有する利益に対比し、右道路建設が地元の住民、自治体の要望に添ったものであり、これによる伊吹山周辺における観光ならびに奥地産業開発という公共利益の方がはるかに大きいものとの判断に立って、原告らの損害甘受の了解が容易にえられるものと考え、また、前記春日村長に解決を依頼し、これによる解決を期待し、工事を進めて行ったことが認められ、また、原告らが被告(一)に対し採掘権なる鉱業権に基づきその侵害の対策等について協議すべきことを申入れたのは昭和三八年八月一〇日以降のことであり(この点は当事者間に争いがない)、≪証拠省略≫によれば、右申入れのあった時点では被告(一)、同(二)としては主務官庁より昭和三九年七月末までに完工を指示されていた上、経済的にもまた技術上も路線変更は不可能な状況にあったことや、被告らとしては本件自動車道の性格について前記の様な判断をしていたこともあって被告(一)は前記原告らの申出に対し専ら本件自動車道建設に対する援助と理解を懇請するに止まり、一方原告らにおいても路線の変更をあくまでも要求したわけではなく、これによって侵害を受ける原告らの鉱業権の補償請求をする様になったが、被告らがこれに応じなかったため物分れに終わったことが認められ、以上の様な点からすれば、被告(一)が原告らの鉱業権の存在を知りながら、これよりも本件自動車道の公共性が優先すると考え地元村長の善処を期待して本件自動車道建設工事を進めたこともあながち当を得ないものとは断じ難いし、また、原告らからの協議申出にかかわらず建設工事を進めて道路を完成させるに至った行為も、右申出の時期における被告(一)の本件自動車道建設の状況や原告らにおいても強いて路線の変更を要求しなかったこと等からして特別に非難されるべきことであったとはいえず、したがって被告(一)の右両所為から直ちに原告らの鉱業権を害する意図があったものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠がないこと、

以上の諸点が違法性阻却の判断の際斟酌されるべきである。

3、次に原告らの鉱業権の被害の性質、程度について考えるに、

(1)、前記の通り原告らが本件自動車道の地表地下とも五〇メートルの範囲内において受ける鉱業権行使上の制限は、鉱業法六四条によるもので、この法律上の制限は公共の営造物、建物の破壊を未然に防止するためのものであり、私的所有権尊重とは次元の異なる超私法的理由、換言すれば原、被告らが自由に処分、支配しうる領域外の本件自動車道の公共性帯有という別個の理由によるものであること、

(2)、本件鉱業権の目的である石灰石、ドロマイトは地表鉱物であり、これが掘採には抗内掘も用いられるが、露天掘も多く、現に原告らにおいて本件両鉱区内の鉱物の掘採については、右両方法を併用することを考えていたことは、≪証拠省略≫により認められ、このような方法によって掘採するためには、相当広範囲にわたって鉱区内の土地使用に関する権利を取得しなければならないことは言うまでもないところ、原告らがいまだ本件両鉱区について右のような、土地使用に関する権利を取得していないことは、原告らも自認するところであり、したがって、原告らの鉱業権は現在未だこれを実施することができないものであり、また、将来原告らが右土地使用に関する権利を取得することの可能性についても本件自動車道によって制約を受けた区域については、この道路敷およびその周辺土地の所有権は被告(一)が既に取得していたことは前認定のとおりであり、同被告ないし被告(二)がその所有土地について原告らに鉱業権実施のために使用を認めないであろうことは、弁論の全趣旨から明らかであり、また、原告らの鉱区のうち被告(一)が所有権を取得した以外の分についても、原告らはこれが使用に関する権利を取得しうる具体的な計画もなく、原告河合嘉吉本人は鉱業権実施のために必要な土地使用に関する権利の取得については、前記春日村長清王弥作があっせんすることを約していたと供述するが、≪証拠省略≫によると、春日村長清王弥作は前記伊吹山開発協議会の委員となり、被告(一)、同(二)の前記土地買収について積極的に協力したものであることが認められ、このような人物が本件自動車道と利害相反する原告らの鉱業権のための土地使用に関する権利の取得に協力するかどうかは疑問であり、さらに≪証拠省略≫によれば、全国において過去鉱業法の規定に基づく鉱業権のための土地使用収用の裁決がなされた例が極めて少なく、右土地使用収用が必ずしも容易なものではないことが認められ、以上の様なことからして原告らが将来その鉱業権実施に必要な土地使用に関する権利を取得することは相当困難であると考えられるから、既に土地使用に関する権利を取得して鉱業権を実施している場合に比すれば被害の程度は具体性に乏しく、また、仮に原告らが将来鉱業権実施のための土地使用に関する権利を取得する様なことがあるとしても、原告らの鉱区が概ね保安林に属していることは原告らが自陳しているところであり、≪証拠省略≫によれば、原告(一)の鉱区はその殆んどの地域が、原告(二)の鉱区はその西側の大部分の地域が、それぞれ保安林の区域に属することが認められ、この様な地域において鉱物の掘採その他土地の形質の変更をなすことは森林法三四条一項、同法施行規則二二条の八により厳格に制限され、また、保安林解除の手続を経てなすにしても同法二六条二項、二七条二項、同法施行規則一七条によりその要件手続は厳格に制限され、例えば土砂の流出、崩壊の防備、なだれ又は落石の危険の防止等代替施設を設けなければならないものとされており、そのために要する費用は相当高額になるものと容易に推認され、したがって右保安林の存する鉱区は他の場合に比べてその経済的価値は低いものということができ、以上のような諸点を考え合せると、原告らの鉱業権が蒙った損害なるものは、必ずしも大きいものとはいえないこと、

(3)、原告らは本件自動車道設置により鉱区全体が死蔵化した旨主張するが、≪証拠省略≫によると、原告らの両鉱区は一体として稼行されるのが適当であり、原告らにおいてもそのように開発する考えであったし、その時は右道路により制限を受ける部分を除いても別紙略図の原告(二)の一〇七六鉱区の南東斜面に分布する苦灰質石灰石(残存可採粗鉱量八、一三八、一二六トン)とその北に連なって原告(一)の一〇七〇鉱区に分布するドロマイト(苦灰石)についてなお掘採について企業として採算がとれるものと認められ、原告ら主張の様に両鉱区が完全に形骸化したとはいえないこと、

(4)、≪証拠省略≫によれば、原告(二)の一〇七六鉱区の採掘権許可については、操業上の注意事項として本件自動車道に支障を与えない様に操業すべきものとされていることが認められることからして、少なくも右鉱区については、本件自動車道により或る程度の制約を受けるであろうことは、当初より権利者である原告らにおいて自明の事柄であったといいうること、

以上の諸点が違法性阻却の判断の際斟酌されるべきである。

4、叙上の2、3の諸点を考え合わせて1の原則により原告らの被害の性質、程度とこれを生じさせた被告(一)の行為の態様、性質を相関的に考察するときは、本件においては原告らはその損害を受忍すべきものとするのが相当と認められ、したがって被告(一)の本件自動車道設置の行為はその違法性が阻却され不法行為を構成するものではないというべきである。

(四)、そうすると、原告らの被告(一)に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。

二、原告らの被告(二)に対する請求について

(一)、被告(二)が被告(一)から本件自動車道建設工事を請負い、原告(一)の鉱区内において幅約一〇メートル、延長約六〇〇メートル、原告(二)の鉱区内において幅約一〇メートル、延長約九九〇メートルの各掘さく工事を行なったことは右当事者間において争いがない。

(二)、原告らは、右掘さく工事の際、当該部分に埋蔵していた石灰石、ドロマイトが土地から分離したので、鉱業法八条により鉱業権者たる原告らがその所有権を取得したが、被告(二)はこれを道路建設のために使用又は放てきしたので右所有権が侵害された旨主張するのに対し、被告(二)は右鉱物は土地から分離したとはいえない旨主張するので、この点につき判断する。

1、まず、被告(二)の本件自動車道建設工事の態様についてみるに、≪証拠省略≫を総合すれば、

(1)、被告(二)の本件自動車道工事の順序は、概ね用地買収後設計図に従い山林を伐開して精密測量を行ない位置を確認した上でブルドーザーで山の斜面を掘さくするいわゆる切土作業を行なって、まず幅員約二ないし三メートルの先行道路を作り、そこで捨土の流出防止のための土留壁(擁壁)を築き、その後に再び切土作業を行なって幅員を約七・五メートルにまで拡げ、整地した上でアスファルト舗装して完成するものであること、

(2)、原告(一)の鉱区内にある本件自動車道の起点から約一三・八キロメートルの地点は、岩石が切り立っていてブルドーザーによる切土作業が不可能であったため、発破により切土作業を行なったこと、

(3)、切土作業によって生じた土砂、石塊類は、その大部分をそのまま前記土留壁の所へ放出して堆積したのであるが、原告らの鉱区内では山の傾斜が急であったため土留壁を築くことが出来ず、そのまま山の斜面へ放出したものであること、

(4)、前記道路面の整地には、切土作業によって生じた土砂類を使用した外、土留壁もその大部分は他所から購入したコンクリートブロックや石を使用したけれども、本件自動車道の起点から一二キロメートルから一七キロメートルまでの地点では一部現場で取得した岩石を使用した所もあり、原告らの鉱区内においても一部石灰岩を使用して土留壁を築いた部分もあること、以上の各事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2、そもそも、鉱業法八条一項によれば鉱区内において鉱業権によらないで土地から分離した鉱物は原則として鉱業権者の所有になるものとされており、右分離の原因の如何を問わないものと解すべきであるから、たとえ土地所有権の正当な行使の結果鉱物が掘採せられた場合であっても、その鉱物は鉱業権者の所有に帰するものと解すべきである。そして、右にいう土地から「分離」というのは、分離鉱物が所有権の対象とされるところから、社会通念上所有権の支配可能な個体又は集合体としての独立性を有するに至った状態において人力もしくは自然力により掘出せられた場合をいうものと解すべきであり、したがって掘採した土地、石塊中にたまたま前記集合物とみられない程度の鉱物が混入状態で含有されているといった状態では、未だ土地から分離した鉱物にはあたらないものというべきである。

3、さて、これを本件についてみるに、被告(二)の原告らの鉱区内における切土作業の際、原告らが主張する鉱量について石灰石、ドロマイトが前記意味における土地から分離した状態で掘採された事実は、これを認めるに足りる証拠はなく、却って前認定のブルドーザー、発破による切土作業の態様からして、仮に切土作業中に石灰石、ドロマイトが掘採せられたとしても、大部分は土砂、石塊中に混入した状態で掘採せられたものと推認せられ、したがって右土砂、石塊を山の斜面に放出あるいは路面の整地に使用しても、それは単に鉱物の所在が移動しただけにすぎないものというべきである。もっとも、右切土作業中或は斜面に放出された鉱物を混入した土砂が斜面を流動している間に一部前記意味における土地から分離した状態が生じたことは容易に推認されるところであるが、該部分の鉱量は、これを認めるに足りる証拠はない。なお、鑑定の結果(鑑定書三六頁)のうち切土作業中の分離鉱物量に関する部分は、切取土量中の鉱物がすべて前記分離に該当するとの前提で計算しているので採用の限りではない。

つぎに、前認定の土留壁に使用した石灰石も、少なくとも使用される段階では土地から分離したものと考えられ、該部分の鉱量は一応算定可能であるが、≪証拠省略≫によれば土留壁の厚みは一〇ないし一五センチメートル程度であると認められるところ、この鉱量算定に関する鑑定の結果(鑑定書三八頁)は土留壁の厚さは平均三〇センチメートル径の岩塊が使用されたものと仮定、計算しており、右仮定の合理性には疑問があるのみならず、損害額の算定も土留壁には石灰石と苦灰質石灰石とが使用されているとしながら、石灰石は経済的に採算がとれない関係上(鑑定書二二頁参照)、採算が取れる苦灰質石灰石が使用されたものとみなして計算している点についても、その合理性に疑問があり、いずれにしても採用し難い。結局、前記認定の土留壁を構成する分離鉱物の種別による数量及び損害額については、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(三)、そうすると、原告らの被告(二)に対する請求もその余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。

三、結論

よって、原告らの被告らに対する請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 杉本昭一 木村修治)

<以下省略>

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